第二次トランプ政権の「無関心」からインドが手にする選択肢

執筆者:中溝和弥 2025年6月2日
エリア: アジア 北米
過去の「栄光」を取り戻そうとする情念を二人は強く共有している[ホワイトハウスの大統領執務室で握手を交わすモディ首相(左)とトランプ大統領=2025年2月13日](C)AFP=時事
核戦争も想定された印パ緊張の只中で、バンス米副大統領は「われわれには関係ない」と突き放した。自国の絡まぬ地域紛争に無関心な第二次トランプ政権は、モディ政権のインドに「ヒンドゥー国家」実現の絶好の機会を与えるだろう。インドは内政・外交で自由度の高い選択肢を手に入れる。それは南アジア安保環境の懸念につながるとともに、トランプ政権の無関心が印中という対立軸を前景化させる怖れもある。

 インド・パキスタン紛争が核戦争に発展する可能性が現実のものとなった現在、第二次トランプ政権とインドの関係は単なる二国間関係を超える重要性を持つ。2025年1月の発足以来、「常識の革命」を掲げて次々と常識破りの政策を打ち出してきた第二次トランプ政権に世界が翻弄されるなか、12年目を迎えるモディ政権は「ヒンドゥー国家」実現へ向けて着実に歩みを進める。2025年4月22日にインド・カシミール地方で起こったテロ事件を直接の契機とする印パ間の衝突は、世界がトランプ関税とロシア・ウクライナ戦争ガザ紛争に目を奪われる間隙を縫ってエスカレートしていった。

 日本ではこれまであまり注目されてこなかったが、2022年にロシア・ウクライナ戦争が始まるまでは、核戦争の危険性が最も高い地域は南アジアであった。インドとパキスタンという隣接する二つの核保有国が、1947年の独立以来80年近くにわたって戦火を恒常的に交えている事例は他には存在しない。今回、その危険性が改めて露呈した。

 第二次トランプ政権の特徴は、第一に、第二次世界大戦後アメリカが築いてきた覇権からの自発的撤退であり、第二に、「デモクラシーの帝国」から「捕食者(プレデター)の帝国」への転換である1。この二つの特徴を体現したのが、二期目初の外遊先であるサウジアラビアにおけるドナルド・トランプ大統領の演説であった。曰く、「近年、非常に多くのアメリカ大統領たちは、外国指導者の魂を探り出し、彼らの罪を裁くことに苛まれてきた……。私は、〔彼らを〕裁くのは神の仕事であり、私の仕事はアメリカを守り、安定、富、平和という基本的利益を促進することにあると信じる」2

 世界最強の軍事力を国際秩序の維持にではなくアメリカ一国の利益に使うとき、世界はどうなるのか。グローバル・サウスの大国として注目されるインドとの関係を軸に、この問題を考えてみたい。

「復讐の男」:トランプとモディ

「インドを再び偉大に!(Make India Great Again)」。第二次トランプ政権発足後、イスラエル、日本、ヨルダンに次いで四番目にトランプ大統領と直接会談を行ったインドのナレンドラ・モディ首相は3、トランプ大統領との共同記者会見でMAGAを称えると同時に、自らの信念も強調した。彼らが郷愁の対象とする過去は20世紀(「アメリカの世紀」)と古代(「ヴェーダの黄金時代」)で時代にずいぶん開きがあるとはいえ、過去の「栄光」を取り戻そうとする情念を二人は強く共有している。

 そしてその情念を支えるのが復讐心である。トランプの場合は「米国がこれ以上つけ込まれることを許さない」4であり、モディの場合は復讐の対象が「侵略者(infiltrator)としてのムスリム」になる5。復讐を果たすために、自らを「汚れなき人民」の代表と位置づけ、自らに反対する者には「既得権益にまみれたエリート」とのラベルを貼り容赦なく弾圧する。言論の自由や学問の自由を平気で蹂躙し、「不法移民」にはことさら厳しい措置を取る。

 こうした共通性は、実際に両者が良好な関係を築く上で重要な役割を果たしてきた。

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カテゴリ: 政治
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執筆者プロフィール
中溝和弥(なかみぞかずや) 京都大学 大学院アジア・アフリカ地域研究研究科 グローバル地域研究専攻 教授。1970年生まれ。東京大学法学部卒業後、同大学大学院法学政治学研究科博士課程単位取得退学。博士(法学)。専門は南アジア地域研究、インド政治。著書に『インド 暴力と民主主義 一党優位支配の崩壊とアイデンティティの政治』(2012年、東京大学出版)がある。
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