平均的生活レベルは「1960年代以下」に?――ナイジェリアの「都市の繁栄」と「国民の貧困」ギャップ拡大をどう止めるか

執筆者:不破直伸 2025年7月2日
エリア: アフリカ
原材料を輸出し、完成品を輸入している現状では、国内に雇用も技術も残らない[ナイジェリア・ラゴスの市場に並ぶトマト=2022年6月9日](C)EPA=時事
人口2.4億の「アフリカ最大の市場」ナイジェリアは、最大都市ラゴス(人口約2000万人)に一定数の高所得層が住み多数のユニコーン企業も生んできた。しかし、国全体で見れば1人当たりのGDP(国内総生産)成長率はわずか0.55%。内需が限定的なため、多くのスタートアップはシリーズA前後で国外展開を余儀なくされる。トマトの大生産国でありながら大量のトマトペーストを輸入していることが象徴する付加価値生産性の低さを解決できるか、新たな試みも始まっている。

同時に進む「都市の繁栄」と「国民の貧困」

 2025 年3月、ナイジェリアのラゴス州は州の GDP が 2590 億ドル(購買力平価ベース)となり、ケープタウン(南アフリカ)を抜いて、カイロ(エジプト)につぐ、アフリカ第2位の都市経済になったと発表した。一方、アフリカ開発銀行(AfDB)のアキンウミ・アデシナ総裁が同年5月に示した数字は対照的だ。ナイジェリアの1人当たり GDP は 824ドルと衝撃的な数値であり、単純計算で1カ月あたり70ドルを下回る。アデシナ総裁は、この数値は1960年の独立時を下回るとして「ナイジェリア国民は64年前よりも困窮している」と断言した。巨大都市の一部の成功と国全体の停滞。この強烈なコントラストは、ナイジェリア経済が抱える「都市の繁栄と国民の貧困」という二重構造を端的に物語る。

 ナイジェリア大統領府はアデシナ総裁の発言について、60年代とはGDPの計算方法が違うためデータは不正確だと反論し、そもそも1人当たりGDPだけで国の発展を評価することに異議を唱えた

 それでも、IMF(国際通貨基金)によれば、2025年のナイジェリアの実質GDP成長率は3.0%(現地通貨ベース)と、サブサハラ・アフリカの平均を下回る見通しだ。さらに、年2.4〜2.5%という人口増加率を踏まえると、実質1人当たりGDP成長率はわずか0.55%にとどまる。これはつまり、ナイジェリアの経済成長が「人口の増加に支えられた量的な拡大」に過ぎず、生活水準の向上や雇用の質の改善といった「中身」が伴っていないことを示している。

雇用の質――「仕事はあるが賃金がない」経済構造

 ナイジェリア国家統計局(NBS)の労働力調査(2024 Q2) によれば、就業者の 85.6 % が自営・家族就業(self-employed)で、企業などに雇われ賃金を得る被雇用者(employees)は 14.4 % にとどまる。さらに雇用全体の 93.0 % がインフォーマル就業で、都市部でも 90 %、農村部では 97.5 % に達している。

 統計上は「就業者」でも、その多くは路上商人・ギグワーカー・零細農家といった法的・制度的枠組みの対象外となる労働者だ。彼らは (1) ナイラ建ての現地通貨での現金収入に依存し、(2) 価格転嫁力や長期契約がなく賃金が硬直的で、(3) 食料・燃料・通信データといった生活必需品を含め、輸入比率の高い財・サービスに家計支出の過半を充てているため、通貨安がもたらす輸入インフレを真っ先に被ることになる。実質所得が下がっても社会保険や失業手当で補填される仕組みが乏しく、現状の経済ショックの緩衝材が極めて薄いのが現状である。

 世界銀行は、2018 年以降の通貨下落局面でナイジェリアの貧困率が47%に達し、4500 万人が新たに貧困層へ転落したと推計。脆弱な経済構造が為替ショックや輸入インフレを家計の実質所得悪化へ直結している。

 その結果、マクロ統計上はプラス成長でも、家計の可処分所得はマイナス成長という「量の成長・質の停滞」 の状態となり、経済成長が貧困削減へ波及しにくい構図が続いている。

産業の空洞化:なぜ製造業が育たないのか

 ナイジェリアの製造業は、GDPに占める付加価値比率がわずか15%にとどまり、ベトナム(24%)、バングラデシュ(22%)といったアジア新興国と比べて大きく見劣りする。むしろ、1983年に記録した自国の製造業比率(21.1%)すら下回っている状況。東南アジアをはじめ、多くの新興国が製造業を「雇用創出と経済成長のエンジン」として活用してきたのに対し、ナイジェリアではその機能が十分に発揮されていない。
理由は主に4つある。

 第1に資源依存。政府歳入の約半分を原油・天然ガスが占め、為替や財政運営が国際原油価格の変動に大きく左右される。これにより、経済の構造転換が進まず、製造業への戦略的投資が後回しにされがちだ。

 第2にエネルギー費の高騰。停電が非常に多く、中小企業はディーゼル発電機・燃料の購入に多くの費用をかける。2023年5月にガソリン燃料等への補助金を撤廃した後の燃料価格上昇は、企業の売上・利益の圧迫や運営難につながっており、発電や輸送コストの増加が深刻となっている。

 第3にスキルギャップ。労働意識の低さや低い技術力により、製品の不良率が高止まりする。結果、労働力は廉価だが、製造コストが高止まりする。

 第4に汚職や不透明な規制。製造業に限らずナイジェリアの産業全般に言えることだが、汚職の蔓延や外貨の持ち出し規制を含む制度の不透明さが、外資の参入意欲を削ぎ、国内企業の事業拡大にもブレーキをかけている。こうした制度的不確実性は、産業育成の大きな障壁となっている。

 製造業が成長しないため、都市に流れ込んだ若年層の多くが「日銭稼ぎ経済」に滞留する。これが中間層の形成を妨げる。原油依存・サービス偏重のままでは、雇用吸収力と技術学習効果を併せ持つ「ものづくりも産業」が育たない。

政府の転換:現地加工義務による付加価値政策は奏功するか

 政府は2024年以降、一次資源の「付加価値無き輸出」を減らし国内で付加価値を生む方針へ大きく舵を切った。まず鉱業ライセンスは「採掘鉱石を国内で加工・精製する計画」を示す企業にのみ付与する新基準を導入し、リチウムや亜鉛など金属資源の現地加工を義務づけると表明した。さらに上院は未加工トウモロコシを1トン以上輸出した場合、罰金または1年以下の禁錮を科す法案を可決し、主食の域外流出を抑えようとしている。加えて、「あらゆる原材料は最低30%を国内で加工してから輸出する」という改正法案も審議中で、科学技術研究者協会(ASURI)、ナイジェリア小工業企業協会(NASSI)や投資促進委員会(NIPC)が支持を表明した。

 こうした規制は、政府の包括的な支援と投資促進策がセットではじめて効果を発揮する。十分な電力・物流インフラと設備投資資金がそろえば、輸入代替と雇用創出を同時に加速できる。逆に、インフラや金融面の後押しがないまま規制だけが先行すれば、外資は様子見に転じ、国内企業も闇市場やインフォーマル取引へ流れるおそれが高い。規制・支援・投資優遇をワンパッケージで設計しなければ市場は動かない──これが筆者の考えである。

スタートアップの展開:伸び悩む「中間層なき潜在市場」

 スタートアップは、主に企業向け(B2B、B2B2C)と個人向け(B2C)の両市場を対象に展開している。両者の購買力が高まれば、サービスの継続利用、より付加価値の高いサービス・商品の提供やLTV(顧客生涯価値)の向上が期待でき、スタートアップは国外に頼らずとも国内市場でスケールしやすくなる。ラゴスがユニコーンを多数輩出できた背景にも、全体で約2000万人規模の都市圏において、比較的高所得な層が一定数存在し、先進的なサービスを受け入れる素地があったことが大きい。。

 しかし、ナイジェリア全体を見ると、中間層は依然として薄く、内需も限定的であるため、(ビジネスモデル次第ではあるが)多くのスタートアップはシリーズA前後で国外展開を余儀なくされている。結果として、資金効率は悪化し、組織への負荷も大きくなる。約2億4000万人という巨大な人口全体が「潜在需要」にとどまり、「実需」としては成り立っていないのが現状である。これを打開するには、農産加工や繊維といった製造業等の中間層を発展させるセクターを振興していく必要がある。

 もちろん、ナイジェリアにおいて、いきなりスマートフォンや自動車といった高度な製品の製造(単なる組み立てではなく、部品レベルからの生産)を目指すのは現実的ではない。まずは、国内で原材料が生産され、かつ消費ニーズの高い分野に的を絞り、段階的に製造業の基盤を構築していくことが求められる。農産加工や繊維産業は、ナイジェリアにとって現実的かつ有望な第一歩であり、こうした分野で堅実な産業基盤を整えたうえで、将来的にはより高度な製造業へとステップアップしていく道筋を描くべきだと筆者は考える。

 例えば、ナイジェリアは世界9位のトマト生産国でありながら、その約45%が収穫後にロスとなり、毎年3.5億ドル程度(約507億円)のトマトペーストを輸入している。同じ構図はコットンにも見られ、原綿を輸出し、完成品を輸入している現状では、国内に雇用も技術も残らない。もし原料を国内で加工すれば、雇用創出、技術移転、従業員のマインドセット変革を同時に実現できる。IoTによる需要予測、ソーラー冷蔵による品質保持、工場ライン改善と再エネ活用による稼働率向上など、具体的な改善の余地は大きい。

 こうして付加価値を国内で積み上げていくことが、中間層を厚くし、スタートアップの顧客基盤を拡大し、ナイジェリア経済全体の自立的な成長へとつながる。イノベーション──すなわちスタートアップだけに投資・支援しても、経済は持続的には成長しない。鍵は、従来から経済を支えてきた産業と、スタートアップ(=イノベーション)を有機的に結びつけ、両輪で成長を促すことにある。この両者を同時に育て、相互に相乗効果を生み出すエコシステムを整えてこそ、ナイジェリアは真の「成長市場」としての実力を発揮できるだろう。そうでなければ、これまでと同様に「ポテンシャルはある国」として、今後も語られ続けるにとどまってしまう。

 もちろん、製造業の振興だけでは十分ではない。政府関係者の汚職体質や、社会全体のマインドセットそのものを変えていくことも不可欠である。

大きな人口を、確かな成長に繋げるには

 ナイジェリアは「アフリカ最大の市場」と称されるが、通貨の不安定や所得の停滞が続く限り、その人口の多さは市場としての実質的な魅力を持ち得ない。2億4000万人という圧倒的な規模は、確かに潜在的な強みではあるものの、購買力を伴わなければ企業の持続的な成長にはつながらない。

 この潜在力を現実の成長エンジンへと転換するためには、製造業を軸とした質の高い雇用の創出を通じて、中間層を育てることが不可欠である。安定した雇用と所得が社会全体に広がれば、内需が活性化し、スタートアップや既存企業にとっての顧客基盤も着実に拡大していく。

 スタートアップやイノベーションは経済発展の原動力の一つではあるが、それだけでは十分とは言えない。どれほど革新的なサービスや製品が生み出されても、それを購入できる消費者の所得が伴わなければ、市場は成立しない。だからこそ、持続可能なスタートアップ成長のためには、「スタートアップを育てる」と同時に「その顧客を育てる」こと――すなわち、生活水準を高めるための雇用創出や産業育成が、政策と実行の両面で強く求められている。

 これはナイジェリアに限った話ではなく、アフリカの多くの国々に共通する課題でもある。こうした課題に正面から取り組むことが、アフリカ大陸全体の「ポテンシャル」を「実体ある成長」へと変えていく鍵となる。

 JICAは2020年1月、アフリカを含む各国のスタートアップ・エコシステムの強化に取り組む起業家支援プロジェクト「Project NINJA(Next Innovation with Japan)」を立ち上げ、筆者はその発起人として活動を続けてきた。スタートアップの育成と同時に、顧客・市場・制度の三位一体となるエコシステムを整備することで、アフリカ全体の起業環境を「点」から「面」へと広げていくこと――それが、JICAのProject NINJAが描くビジョンである。

カテゴリ: 経済・ビジネス
フォーサイト最新記事のお知らせを受け取れます。
執筆者プロフィール
不破直伸(ふわなおのぶ) 国際協力機構(JICA)スタートアップ・エコシステム構築専門家。Project NINJA発起人。1982年生まれ。ボストン大学大学院・金融工学専攻。投資銀行やIT系のスタートアップ役員などを経て、ウガンダに移住。JICA本部にて勤務した後、現在はナイジェリア滞在。アフリカ諸国のスタートアップ・エコシステム構築支援に従事。
  • 24時間
  • 1週間
  • f
back to top
OSZAR »